2012年3月20日火曜日

鎌倉は桜が咲いていた


ケアンズの続きを待っていた方、スミマセン。

なんで鎌倉??

とお思いになると思います。

現在プライベートが忙しくて、ナカナカブログ更新ができない状態です。

私は何事も陰陽のバランスが大事だと思っています。

知識や体験の獲得をとするなら、それを吐き出して他の人に伝えるのがだと思っています。

食べ物を食べて出さないと病気になるように、

ブログを書くことは、自分が吸収した知識や体験を文章として吐き出すとても大切な機会だと思っています。

しかし現在は体験の方が多すぎてナカナカ吐き出す時間が取れないのであります。。。


その一つの理由を説明しましょう。

オーストラリア旅行以来、帰国後私は次の三つのことをしようと決めました。

① ディジュリドゥを練習する
② ブーメランを買って遊ぶ!
③ 英語のネイティヴスピーカーとお友達になって定期的に話しをする

①②に関しては、前に書いたと思うのですが、すでに実現しています。

③に関して、オーストラリア旅行中、やはり生きた英語での会話をしなきゃだめだぁ~と痛感したのです。

で帰国後さっそく友人探しを実行しました。

途中経過は省くとして、現在アメリカ人の友人ができ、たまにあって遊んだりしているのです。いずれそのことも書くつもりです。

そんなこんなで、ブログ書きに当てていた休日などがつぶれ、ゆっくり書く暇がないのです。


ケアンズやオーストラリアのこともいずれ書くかもしれませんが、もうすでに自分の中ではホットな話題ではなくなり

それらを無理して時系列で書くことにとても抵抗を感じるのです。

従って、自分の中で今もっともホットな話題を随時提供していきたいと思います。

ということで、本日行ってきた鎌倉について書いて行きたいと思います。



本日は所要があり友人と待ち合わせして鎌倉に行って参りました

その前にまず友人とともに寄ったのが、前から、行きたい、行きたいと思っていた逗子の蕎麦屋さん

手打蕎麦おかむら
http://r.tabelog.com/kanagawa/A1406/A140602/14003147/

たまに美味しい蕎麦超くいてぇ~って気分になるのですが、周辺に美味しい蕎麦屋というのがないんですよね。

色々評価の高い店を探索したのですが、すべてイマイチなのです。

で少し離れていますが、食べログでダントツ、ぶっちぎりのトップに輝いている、こちらのお店を訪れたという訳です。


で、天ぷら蕎麦を頂きました↓





まず汁を飲んでみたのですが、その上品さに感激!

う~む、さすが評価高いだけあるな、、、と思わず呻ってしまいました。

汁を更に数口、飲んだあと、では麺を、、、と、ずずずっと啜ってみました。

しかし、、、うーん、私の好きな味ではない、、、。

私は蕎麦の香り高い蕎麦が好きなのですが、写真の麺を見ても分かる通り、白っぽくて、蕎麦の味がしてこないんですよね。。。

残念だなぁ~、と思いつつ、ふつうに美味しい天ぷらを食し、蕎麦を完食しました。

そこで終われば、それなりに美味しい蕎麦屋で終わったのですが、まさに食べ終わろうかとするときに、

スミマセン、お待たせしているお客さんがいるので、、、と言われたのです。

つまり食ったら、さっさと退席して下さい、、、

と催促されたのです。

それなりの人気店であることは分かっていたし、自分達も並んで入ったので、

まぁ蕎麦を食べ終わってお茶をすすったら早めに出ようぐらいの礼儀は持っていました。

しかしどんぶりの麺がなくなるのを確認するなり、テーブルにきて、早く席を空けるよう催促されたのです。

これには、正直あまりイイ気分はしませんでした。

だって食べるって総合的なエンターテイメントじゃないですか。

食事は、味、食感、色どり、店の雰囲気、店員の対応、おしゃべり、などなど、これらがすべて合わさって楽しいと感じるものなのに、

はい、食べ終わったら出てってね、、、

とあからさまに要求するのは、お客を楽しませるという視点からしてどうなのだろう、、、と思ったのです。

私は少しがっかりした気分になって、その蕎麦屋をあとにしました。。。


で本日は天気が良かったので、まずは北鎌倉に行ってみることにしました。

北鎌倉には、絵本作家の葉祥明氏の美術館

葉祥明美術館
http://www.yohshomei.com/museum_kita.html

というのがあって、


賢者たちのメッセージ エドガー・ケイシーに学んだこと



という本を読んで以来、一度訪れてみたいと思っていたのです。


横須賀線の北鎌倉で下りると、春のやさしい風とともに、そこはかとなく花の香りがしました。

線路沿いに進んでいくと、桜が咲いているのが見えました。















うーん、春ですねぇ。下は黄梅(おうばい)です。







葉祥明美術館では、企画展をやっていましたが、あまり興味がわかなかったので、

無料で入れるSHOPのみを見学してきました。

ほんわかとしたやさしい絵の絵本がたくさん置いてあり、それを時に手に取りつつ眺めるだけで十分でありました。

結局買ったのは、下の絵葉書だけでした。






日のひかりと、緑の美しさ、そして森の中に、自転車がポツンとあるのがポイントですね。

すごく惹かれるものがありました。


さて北鎌倉からは歩いて、せっかく来たので鶴岡八幡宮にお参りに行ってきました。

休日なのでやはり人がいっぱい。




鳥居の先の先に海が見えたのですが、写真ではうまくとれてませんね、、、。


階段を下ると、例の折れたイチョウが見えて来ました。





今は冬のためか枯れているように見えますが、前来た時は緑の芽がたくさん芽吹いていました。

世の中に新しいサイクルがはじまっているということを感じさせる風景でした。


階段を降り切ると、正面で結婚式をしていました。






生の雅楽が奏でられる、厳かでなんとも素晴らしい結婚式。しばし佇んで見入ってしまいました。







しばらく見た後、少し歩き疲れたので、源氏池のほとりのベンチに座り、甘酒をのみながらほっこりしていました。

すると一緒にいた友人が、あれ知ってる、さざれ石だよ、といって後ろを指差すのです。





さざれ石というのは、君が代のなかにでてくる、


我が君は 千代にやちよに
さざれ石の巌となりて
苔のむすまで

のさざれ石です。

えーーっナニそれ!?

私は祖母が鎌倉にいたため、八幡さまにもよくお参りに来たものですが、そんなものがあるなんて今の今まで知りませんでした。

で、さざれ石をよくよく見てみました。







近づいてよく見てみると、小さな石をあつめてコンクリートで固めたかのような、なんとなく粗雑な感じのする石です。

なんでこれが、君が代の歌詞にあるのだろうか、、、どんな意味が、、、。

私の脳裏に浮かんだのは、このような色々な個性のある小さな石が集まって、大きな力=巌となって国というものが成り立っている

という事がいいたいんじゃないか、、、と思ったのです。

帰ってネットなどで調べてみると、

歌われている“さざれ石”というのは、単なる小さな石をさすようなのですが、

私はこのさざれ石というのをみて、上のように感じた訳です。

で、これは日本も個性を大事にするというのが前提になっているんじゃないのか、、と思ったりしたのです。

しかし、さざれ石ってこんなもがあったのかぁ~、、、はたまたそれが鎌倉にあったのか、、と初めて知ることだらけでした。


さざれ石をしげしげと見た後、友人が鎌倉宮に行ってみようと言いだしました。

鎌倉宮ってどこだっけ?

私は鎌倉の神社仏閣は、小学生以来かなり訪れているつもりでいましたが、鎌倉宮といってイメージが湧いてこないのです。


八幡宮から歩くこと10分くらい、鎌倉宮が見えてきました。









鳥居が白くて、上の部分だけが赤い、珍しい不思議な感じのする神社です。

雰囲気も八幡宮とは違い、とても厳かでやさしい気に満ちていました。

なんだここ、鎌倉にこんなとこあったのか、、、といまさらながらに驚きました。

世の中では、鶴岡八幡宮はスピリチュアルスポットとして有名らしいのですが、

私はこちらの方が、よっぽと凄いぞ、と感じました。

しかし訪れる人は全くと言っていいほどいません。

友人によると、神社の格としては、実は八幡宮よりこちらの方が上なのだという。

私はなんとなくそれがわかる気がしました。どこか、明治神宮などの大きな神社と共通するような雰囲気をもっています。

しかし創建は、明治で、そんなに古い神社ではありません。

http://www.kamakuraguu.jp/


明治天皇の勅命によって建てられたもののようです。

そういえば、明治神宮も明治に建てられた新しい神社ですが、あの厳かさ、風格は古い神社に勝るとも劣らないものがあります。

神社も古けりゃいいもんじゃないし、新しいから深みがないというものでもないんですね。

人間にも大人なのに子供っぽいひとがいるし、子供なのに大人みたいな人いるよね、、

といったら、友人は笑っていました。


しかし鎌倉宮って、こんな神社あったんですね。

常に人の行き交う八幡さまよりも、こちらの神社の方がなんかすごく自分と波長が合うような気がしました。

気持ちのいいところだったので、境内でお萩と緑茶で一服。。。

また鎌倉に来た折にはぜひ訪れようと思いました。


今回は、色々な発見のある鎌倉散策でした。



おしまい




2012年3月5日月曜日

ケアンズにてアボリジニーに会う!



ケアンズ空港についたのは、朝の4:50でした。

そこは熱帯の香りただようのどかなところで、

おお、異国の地にきたな、ということを実感しました。

すぐにシャトルバスでホテルに行き、荷物を下ろして向かったのが、

Tjapukai Aboriginal Cultural Park


http://www.tjapukai.com.au/

というところです。

アボリジニーの文化をひと通り体験できるテーマパークです。

ここで、アボリジニーの神話劇を観たり、世界最古の木管楽器といわれるディジュリドゥの演奏を聞いたり、

槍やブーメラン投げを体験してきました。


ディジュリドゥは、木の幹に穴があいているだけの楽器で(ホンモノはアリが中を食べて空洞になったものを使う)

ブオーというなんとも素朴でプリミティヴな音が出ます。

彼らの演奏でスゲーと思ったのは、循環呼吸といわれるものです。

それは音を絶えることなく出す、つまり息を吐きながら吸うことができるのです!


私はあまりディジュリドゥ自体に興味無かったのですが、友人に買ってきてといわれて、

おみやげ屋で色々見ているうちに、せっかくだから自分のも買うか、、、

マイ・ディジュリドゥを買ってしまいました。(それなりに本格的なものを!)

それがコチラ↓







近くに海があるので、そこにもっていって吹いています。






これを吹いていて感じるのは、心の深い所に作用する感じがあること、また大地と会話しているような感覚になることです。

普通の音楽は、メロディーがあるのですが、こちらはただひたすら低音の音がブオーと出るだけです。

といっても、唇の具合や口の形によって、微妙に音がかわってくるのがまた楽しいのです。


ディジュリドゥを続けていると、楽器が発する重低音の振動によって脳が浸食されてくる感覚があって、とても不思議な感覚になります。

吹いていて感じるのは、メロディーというのは意識の音なんだなということです。

ディジュリドゥの発する音は完全に無意識に作用する音です。

心の深い所に誘われる様な感覚があり、

気づくと1時間ぐらい吹いていたりして、瞑想をしているときの感覚と極めて近いものがあり、深い喜びにひたることができます。

これゃいいツールを見つけたなぁ~と、最近は暇があると、海岸や近くの公園に吹きに行ってます。


もうひとつこのテーマパークで印象に残っているのが、ヤリとブーメラン投げです。

実際にアボリジニーが使っていたブーメランを投げさせてもらったのですが、ブオーーンと弧を描いてちゃんと戻ってくるんですね。

10人くらいのグループで投げる体験をしたのですが、多くの人が上に上昇するだけとか、地面に激突させてしまうとかするなか、

私はお手本のアボリジニーのオジサンと同じような感じでキレイな弧を描いて投げることが出来たので、ちょっとした歓声があがりました。

アボリジニーのオジサンからは、キミは明日からここで働けるよ((笑))と褒められました。

この時、ブーメラン、超たのしぃ~、と思い、帰国後スポーツ用のブーメランを買ってしまいました。


今では時々、ディジュリドゥとともに海に持って行って投げて遊んでます。(笑)

彦兵衛、いつの間にか完全にアボリジニー化してしまいました。。。



このテーマパークでブーメランとともに投げて面白かったのが、ヤリでした。

アボリジニーの人たちは、投擲具というものを使ってヤリを投げるのです。

NHKスペシャルの画像を使って説明しましょう。








50cmくらいの突起のついた棒をヤリの後ろにつけます。











それを振りぬいてヤリを投げるのです。そうすると普通に投げるより威力が増し、より遠くに飛ばすことが出来るのです。


実はこの道具が、人類とネアンデルタール人の明暗を分けた道具なのだそうです。

ネアンデルタール人は、大人になると誰でもプロレスラーのような体格になる強靭な肉体をもっていたそうです。

彼らもヤリなどの道具は使っていましたが、力まかせに投げ、しかも狩る獲物も大型のものだったそうです。

しかし氷河期が来て獲物が少なくなったときに、

ホモサピエンスはもともとひ弱だったために投擲具のように道具を改良する事でより遠くの小さな獲物までとるとが出来たのに対して、

ネアンデルタール人は、大きな獲物がいなくなって次第に食料に困って滅んでいったのではないかと推測されているそうです。


この投擲具は世界各地で見つかっているそうなのですが、これをつい最近まで使って生活していたのがアボリジニーなのです。

アフリカから発したホモサピエンスがオーストラリア北端に上陸したのがおよそ5万年前だそうで、







それ以来彼らはずっと同じ生活を続けてきたのだそうです。(これはつい80年ほど前の映像だそうです)





彼らの投擲具はウーメラというそうです。




ついでながら、この番組内で面白いとおもったのが、人間の集団の数に関してです。

霊長類で、群れをつくる種類を調べると、

その霊長類の大脳新皮質の割合と、群れの個体数の数には、比例に近いある一定の法則があるそうなのですが↓




その法則から言うと、人間が集団として成り立つのは150人くらいになるのだそうです。



そして、実際世界のネイティヴの文化を調べてみると、その構成員の平均は153人だったそうです。



従って、私達も親密な友人関係を結べるのは、多くて150人ということになるのでしょうか。それが私達の脳の限界ということになるようです。


少し脱線しましたが、ケアンズの一日目にして、アボリジニーに接する事が出来ました。

といっても、商業化されたアボリジニーの人たちです。でもやはり迫力がありました。


残念なことに、このテーマパークでは写真を撮りませんでした。

頭がまだぼけていた事と、なんとなく写真を撮る気がしなかったのです。今思えばもったいないことしたなぁと思います。


このテーマパークをひと通り見て、体験した所で、スカイレールというケーブルカーに乗って山の方に向かいました。。。




つづく、、、


参考:

Tjapukai Aboriginal Cultural Park
http://www.tjapukai.com.au/