2009年3月31日火曜日

河合隼雄さん最晩年のことば

『博士の愛した数式』の著者小川洋子さんと、お亡くなりになる直前の河合隼雄さんとの対談本を読みました。

随所にキラリと光る河合さんの智慧に満ちたことばに、しばしば読書が中断し、いろいろと考えさせられました。

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小川 私、先生のご本の中で印象深かったことがあるんです。京都の国立博物館の文化財を修繕する係りの方が、例えば布の修理をする時に、後から新しい布を足す場合、その新しい布が古い布より強いと却って傷つけることになる。修繕するものとされるものの力関係に差があるといけないとおっしゃっているんです。

河合 そうです。それは非常に大事なことで、だいたい人を助けに行く人はね、強い人が多いんです。

小川 使命感に燃えてね。

河合 そうすると助けられる方はたまったものじゃないです。
p.14
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カウンセリングはひたすら傾聴して、クライエントが自分の道を見つけていくのを手助けするものですが、その患者との関係において、カウンセラーが強者の立場にたって弱者を導くというやり方では決してうまくいかないというのが河合さんの意見でした。

これはカウンセリングだけに限らず人助けをするとき、また医療全般に関してもいえるような気がします。

前にあげたパッチ・アダムスは自ら精神病院に入院するほど深刻な精神状態にあったそうですが、その体験があったからこそ、医療には愛やユーモア、人とのふれあいが大事だと気付いたのでしょう。

強者が弱者を導くというのではなく、弱い立場に有る人に寄り添う事でともに学びあうという姿勢が本来の治癒なのかな、と河合さんの言葉を読んで感じました。

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河合 無限の直線は線分と1対1で対応するんですね。部分は全体と等しくなる、これが無限の定義です。だからこの線分の話が、僕は好きで、この話から、人間の心と体のことを言うんです。

線を引いて、ここからここまでが人間とする。心は1から2で、体は2から3とすると、その間が無限にあるし分けることもできない。

小川 ああ、2.00000・・・・・・。

河合 そうそう。分けられないものを分けてしまうと、何か大事なものを飛ばしてしまうことになる。その一番大事なものが魂だ、というのが僕の魂の定義なんです。

p.27

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人間の本質や無限について考えるときに数学的なモデルを持ち出す所は、さすが数学科を卒業して数学の先生をしていただけあるなと感じました。

部分と全体が一致するというのは、東洋の宗教が目指してきたもの、インド的に言えば梵我一如(ブラフマンとアートマンの根源的な一致)というテーマであり、それを図像的にあらわせばマンダラであり、現代の数学で言えばフラクタルということになると思います。

分けられないものをわけてしまうと、、、というくだりには、これまでに再三述べてきた科学のもつ特質(切るということ)とその限界を感じさせられます。

単に分化、分類し、専門化していくという手法だけではなく、切らないで全体を見渡すという両方の視点が大事なんだろうと思います。若い頃に数学的な思考法を身に付けられていた河合さんはこの両方ができた稀有な存在だったと思います。

しかしこの本でもあいかわらず、河合さんのギャグが光っていました。

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河合 僕、オイラーの公式とかもうすっかり忘れてましたけど、今度、ダジャレを集めて、おいらの公式を作ろうと思ってますから。

p.42
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うーん、さすが、、、。

単に親父ギャグをかましているようでいて、実に深い。オイラーの公式は前にココで取り上げたやつですが、私はこのダジャレから、河合隼雄さんは、伝統=型を身につけながらも、最終的にはその型にとらわれないでそれぞれが自分の型をつくることの大切さを説いているような気がします。

最晩年になって河合さんはますます冴えてはるなぁ、、。


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河合 僕らは、人が話すのをただ聴いていて、その人自身が何かを作るのを待っているだけです。自分では何も作らない。

小説家と私の仕事で一番違うのは、「現実の危険性を伴う」というところですね。作品の中なら父親を殺すことも出来るけれど、現実に患者さんが父親を殺すと、大変です。

小川 殺したいという気持があっても実際には殺さないために、物語が必要なわけですね。

河合 そうです。そしてその物語をわかる人もいないといけない。その辺がものすごく難しい。よくいうことですが、「若きウェルテル」は死ぬけれど、ゲーテは長生きする

小川 なるほど。

河合 患者さんは、実際自殺する方へ行かれますからね。それでも僕がその人たちのために物語を作ることはない。その点は、小説家がしていることと全然違います。その違いは、ちょっと面白いところですね。
p.47-48
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この本の核心部といってもさしつかえないでしょう。

人が生きるということは、すなわちそれぞれが物語をつくっていくことであり、小説家が作品を生み出すのに悩むのと同じで、患者が物語を創出していくのをじっと待っているのがカウンセリングのようです。

この時期のことをユング心理学では「創造の病」といいますが、 ここで内面の世界と外側の世界のバランスをうまくとっていくのがたいせつなのですね。

「若きウェルテル」は死ぬけれど、ゲーテは長生きする、という表現はとても面白かったです。

この対談は河合隼雄さんが亡くなったことで、中途でおわってしまったそうで、本の最後には小川洋子さんによる「少し長すぎるあとがき」というのが付されていました。そのなかで、

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ブラフマンというのは、ユングが大好きな言葉ですよ
この続きを次回の対話の取っ掛かりにしましょう、とお約束したのが最後になりました。ブラフマンは、私が以前書いた小説に出てくる、とある動物の名前です。
p.154

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という一文がありました。私はこれを読んで、対談は続いているのでは、、、という気がしました。

つまり、河合さんはどこかで自らの「死」を予見していて、「死」を通して、小川さんに対してブラフマンについて語ったのではないかということです。

ユーモア好きな河合さんならやりかねない、と思いました。

もしかすると、死ですべてが終わりになるわけじゃないよということを暗に伝えようとしたのでは、、、と私なんかは深読みしてしまうのです。

河合さんの著作はだいぶ読んだのですが、また機会があったら読み直して見たいなぁと思いました。


おしまい。


参考:


アマゾン:『生きるとは、自分の物語をつくること』

http://www.amazon.co.jp/s/ref=nb_ss_gw?__mk_ja_JP=%83J%83%5E%83J%83i&url=search-alias%3Daps&field-keywords=%8F%AC%90%EC+%89%CD%8D%87+%95%A8%8C%EA

彦兵衛のブログ:博士の愛した数式、フラクタルについて
http://mshiko.blogspot.com/2009/03/blog-post_19.html
http://mshiko.blogspot.com/2009/03/blog-post_20.html

2009年3月30日月曜日

長野の企業と二宮金次郎


前回は善光寺参りについて書きましたが、善光寺に至る参道にもおやきのお店がいくつか
出店していて、帰りに寄ってみたのですが、その内の一つ大門店のお隣には、「かんてんぱぱ」のお店も出店していて、ついでに中を覗いてきました。

かんてんぱぱの会社は、様々な寒天製品を販売しているやはり長野の会社なのですが、ここの経営者の塚越さんという方も人間を大事にするたいへんすばらしい
経営をされている方なのです。

前に
納豆キムチを書いたときに紹介した会社も長野の会社でしたが、おやきの会社といい、このかんてんぱぱの会社といい、長野県にはキラリと光る会社が目立つように感じます。

私は毎年年末、必ずカンテンパパの製品を
ネットで注文するのですが、その理由の一つは年末に注文すると塚越さん自らが撮られた会社のある長野県伊那市の風景写真のカレンダーを無料で送ってもらえるからです。

この塚越氏の撮られた自然豊かなカレンダーを部屋に飾っていると、日本の原風景にいつも接しているように感じられ、ほのぼのとした気持ちになれるのです。

来月はどんな風景が出てくるのかなぁ、と毎月このカレンダーをめくるのが楽しみなのです。

このかんてんぱぱの経営者、塚越さんがその
経営哲学のより所としているのが、二宮金次郎の教えだそうです。

私はNHKの「
その時歴史が動いた」で二宮金次郎の回をみるまで知らなかったのですが、彼は枯れ木を背負って勉学に励んだ勤勉な少年というだけではなかったのです。

二宮金次郎が素晴らしいのは、彼が常に社会をよくするにはどうすればいいかを考え、それを実行に移したと言う点です。

細かい事は忘れてしまいましたが、たとえば川が頻繁に氾濫して困っていたときには、自ら川岸にひとりで木を一本一本植えていったり(その木が今でも残っているらしいです)、

自然をよく観察していた金次郎は、来年は飢饉がくると感じたときには担当をまかされた地域でその年にとれた作物を蔵に蓄え、実際に飢饉がおとずれ作物がとれなくなっても、人々に農作物を無料で配布してその地域ではひとりの餓死者もださなかったなどのエピソードを残しています。

私はこの番組を見たとき

えっ、二宮金次郎ってそんな偉いひとだったの!?

ととても衝撃を受けました。と同時に、どうしてこんな偉い人をもっと日本の社会で取り上げないのだろうかと思いました。

私のそれまでのイメージは、よく学校においてある薪を背負って本を読んでいる二宮金次郎の銅像でした。

あー、エライ、エライ、でもワッシは真似できませんわ、

という感じのノリでしたが、本当に見習うべきは彼が大人になってから社会に対してどのようなことをなしたか、そして彼のその行動を支えた哲学だったのです。


いまかんてんぱぱの経営は全国で注目されていますが、その塚越さんが手本としているのが二宮金次郎であり、また二宮金次郎を手本としていたのは、あの経営の神様と呼ばれた松下幸之助なども含まれるそうです。

かんてんぱぱの店を訪れてみると、店内に
塚越さんの著作が何冊かおいてありました。

へぇー本出されるてるんだ





と思い、メモ帳に書きとめさっそく今度図書館で借りようと思いました。また
二宮金次郎の本もこの期に一緒に読もうかなと思っています。



また二宮尊徳の記念館というものも
小田原掛川にあるそうなので、機会があったら一度訪れてみたいなと思っています。


おしまい




参考:

かんてんぱぱ
http://www.kantenpp.co.jp/index.html

Amazon:塚越寛の本
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/search-handle-url?%5Fencoding=UTF8&search-type=ss&index=books-jp&field-author=%E5%A1%9A%E8%B6%8A%20%E5%AF%9B

Amazon:二宮翁夜話
http://www.amazon.co.jp/%E7%8F%BE%E4%BB%A3%E8%AA%9E%E6%8A%84%E8%A8%B3-%E4%BA%8C%E5%AE%AE%E7%BF%81%E5%A4%9C%E8%A9%B1%E2%80%95%E4%BA%BA%E7%94%9F%E3%82%92%E8%B1%8A%E3%81%8B%E3%81%AB%E3%81%99%E3%82%8B%E6%99%BA%E6%81%B5%E3%81%AE%E8%A8%80%E8%91%89-%E6%B8%A1%E8%BE%BA-%E6%AF%85/dp/4569640877/ref=sr_1_2?ie=UTF8&s=books&qid=1238313121&sr=8-2

NHKその時歴史が動いた:二宮金次郎
http://www.nhk.or.jp/sonotoki/2005_09.html#02

尊徳記念館(小田原市)
http://www.city.odawara.kanagawa.jp/public-i/e_f/sontoku/sontokukinenkan.html

大日本報徳社
http://www4.tokai.or.jp/dainihonhoutoku/
http://www.geocities.jp/bane2161/dainihonhoutokusya.htm

ウィキペディア(二宮尊徳)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%8C%E5%AE%AE%E5%B0%8A%E5%BE%B3


2009年3月29日日曜日

“おやき”に惹かれて善光寺参り


前回のブログに書き忘れましたが、おやき村の
住民登録をすると、住民票が発行されて、次回から村民価格(10%引き)で買えるようになります。(私はもちろん住民登録しました)

おやきはもちろんおいしいのですが、蕎麦もなかなか、また味噌もまろやかでおいしかったです。これらもすべて村民価格で
買えちゃいます


さて小川村で一泊した後、長野市街に戻り列車(鈍行)の出発までかなり時間があったのでかの有名な善光寺にお参りにいってきました。

牛に引かれて善光寺参りならぬ、おやきに惹かれての善光寺参りです。


これは善光寺に入る門です。左右の仁王像は迫力がありました。



おふた方ともかなりボディービルディングに励まれたようで、筋骨隆々です。説明書きなどがなかったのですが、かなり名の有る人の作なのでしょうね。魑魅魍魎などはこの門前にてはじきとばされてしまうのでしょうね。私はかろうじてセーフでした。



こちらが本堂です。この煙を頭に掛けると、頭がよくなるとかならないとか、、。


本堂の左にあった陶器で作られた灯篭。金網を掛けられていたのが残念ですが、すばらしい作品でした。

こちらは建物が水面に浮いているようで美しい。なんとなく金閣寺を思い出しました。


カラフルな垂れ幕がステキです。私はどちらかというと、枯れた感じのお寺よりチベットの密教寺院のようなカラフルで生命力にあふれるお寺が好きですね。

お寺の敷地内をぐるっとまわっていたら、本堂の左奥の方に三重塔が見えました。


お、ナンダナンダ、、と思って近づいていくと、なんとなく嫌な感じ、頭が少し痛くなってきました。

なんの建物かと思って表示を見ると、ナントカノの慰霊塔とありました。

あーすいません、私では受けきれません、スマンデス、スマンデスとそそくさとその場を去りました。

私は特に霊感とかがあるわけではありませんが、ここから離れるにしたがって頭痛も和らいでいきました。あそこで受付をしているオジサンが居たけど、よく一日中座ってられるなぁと他人事ながらに思ってしまいました。


この塔を除いて、善光寺は清々しい気持ちのいいところでした。

長野駅に最初に降りたったときにまず感じたのは、空気がおいしい、ということと、街が落ち着いていてとてもきれいということでした。

長野は山のなかにあるから空気がいいのは当たり前かもしれませんが、町全体がかもし出している落ち着いた心地の良い雰囲気は、この善光寺の存在のためなのかなぁと言う気がします。


街の美しさというのはそこに住む人たちの民度みたいなものを表しているのかもしれないなぁと思います。

私は京都で6-7年、旅館のアルバイトをしていて、全国各地から来る修学旅行生を見てきましたが、いつも感じていたのが長野から来る生徒はみな落ち着いていて、帰るときも部屋をきちっとキレイにして帰っていくのが印象的で、好感をもっていました。

ここ長野に来てみて、生徒たちがこのような雰囲気のなかで育っていたのなら自然にあのようなことできるんだろうなと妙に納得がいきました。

なぜか私は昔から、長野いいなぁー、住みたいなぁー、と惹かれるものを感じてきましたが、今回訪れてますます長野が好きになりました。


さて昼時になり、列車に乗る前に腹ごしらえでもしておくかぁ、ということで、何を食べようか。

せっかく信州長野にきているんだから本場の手打ち蕎麦でも食べちゃおうかなー、なんてことで 入ったのが、

外観


インド料理好きなもんで、ついスパイスの香りにつられてふらふらっと入ってしまいました。

ここの料理、カレーが四種類、しかも肉を使ったものはひとつ(チキンカレー)だけで、あとはヘルシーなシーフードや野菜のカレーでとてもおいしかったです。

ふつうこのくらいの値段だと、後味に化学調味料独特の後味がして、興ざめしてしまうのですが、ここのカレーにはそれがありませんでした。

ナンもおかわり自由なので2回頼み、心行くまで長野の地でインドカレーを堪能してしまいました。。。


写真に写っていた店長さん(?)がカルカッタ出身のひとのように見えたので尋ねてみたところ、やはりカルカッタ(現コルカタ)出身の方でした。

私はカルカッタ大好きなんですよ、宿はいつもサダルストリートです、というとニコッと微笑んでいました。(興味の有る方はブログの上に有る検索窓でカルカッタで検索してみて下さい)とても忙しそうに働いていたので、

カーナ スワディシュトゥ ヘェー(食事おいしかったですよー)


とさいごにひとこと言って、店を後にしてきました。

写真をクリックすると、拡大します。(看板の右横に善光寺御開帳のポスターがありますね。)

看板に、

「体の調子を良くするスパイスたっぷりなカレー」

と書かれていましたが、カレーは本当にからだに良いそうです。


今回旅のお供に、がんに効く生活を持ってきましたが、その著者は「薬のように働く食べ物」として、緑茶大豆、とともにターメリック(ウコン)を挙げていました。


ターメリックにはがん細胞のアポトーシス(自殺)を促し、がん細胞が行う血管新生を抑制する効果が高いそうで、現にインド人は欧米人にくらべてガンを発症するような大量の化学物質に囲まれているにもかかわらず、ガンの発生率は欧米人に比べて1/8~1/10なのだそうです。彼らは一日に平均1.5-2gのターメリックを摂るそうです。

ターメリックはカレーの黄色い色の原料ですが、これを黒コショウと一緒にとると吸収率が二千倍にもなるそうです。

ターメリックは抗炎作用があるためインドにおいては悠久の昔からアーユルヴェーダ医学において用いられてきており、また中国やチベットの医学書のなかでも、薬として扱われてきたそうです。

むかしから食べられてきた物ってやはりそれなりの理由があるんですね。でも日本人は日本食でしょうかね。


善光寺のお参りをし、インドカレーを食べて、心身ともにパワーアップした彦兵衛でありました。次回ももう一回、長野関連についてかこうかなと思ってます。

2009年3月28日土曜日

おやき村を訪ねて



長野県の小川村というところでむかしからたべられている“
おやき”というものがあると聞き、ネットで注文して食べてみました。

うまい、とにかくうまい!!

小麦粉を練ったものを外皮にして、なかに具として野沢菜やかぼちゃ、きんぴら、切り干し大根、野菜ミックスなど地元でとれる超ヘルシーな食材を入れたちょっとしたお菓子のようなものです。

ヴェジタリアンにはたまらんおやつです。

昔はこの地方でお米が取れなかったので、こなんのを夕食などとして食べていたそうです。


またこのおやきを作っている会社が先進的なのです!

働いているのはほとんどが地元のおじいちゃんやおばあちゃんたちなのですが、全員が正社員。

定年もなく、また高齢者である事を考慮して従業員は週に何日働くかを自分で決められるそうです。

また高齢者が多いということで、昼にはちゃんとお昼寝の時間もあるそうで、前にこのブログでとりあげた
パワーナップではありませんが、とても理にかなった働き方をしているそうで素晴らしいなと感じました。

この会社、NHKの
生活ほっとモーニングという番組でも取り上げられたそうなのですが、ユニークな会社のありようがいろいろと他のメディアにも取り上げられているようです。

売っている商品は体にいいものだし、働いているひとを大事にしているし、また地元を重視しながら、全国あるいは世界を視野に入れた経営をしていることにとても興味が引かれ、
「青春18きっぷ」が使える時期でもあり、思い切って長野県の小川村までこのおやきの現場を見に行ってきちゃいました。





神奈川県の藤沢から鈍行で長野駅まで6時間半ぐらい、ここからバスでさらに50分、雲井橋というところでおりて、山道を1.7キロ登っていったところにおやき村がありました。

朝5時に家を出発し、村にたどり着いたのが午後2時過ぎ。けっこうへろへろになりつつ、まず大きな囲炉裏のある体験コーナーで地元のおばあちゃんの指導を仰ぎつつおやきを焼いてみました。作ったのは、切り干し大根とオカラの二種類。

意外とまるく包むのが難しかったのですが、おばあちゃんが「うまい、うまい」と言ってくれるので、おだてられながらなんとかかたちになったのを、いろりにかかっている大鍋にぺたん、と投げ入れる。

焼きあがるまでの時間、注文していた手打ちのそば定食をすすりつつ、おばあちゃんとこの村のことや、おやきのこと、仕事のこと、長野県知事のことなど色々話をさせて頂きました。面白かったなぁー。

平日だったこともあって体験者が私ひとりしかいなかったので、囲炉裏の火がバチバチとはじける中、そばをすすりつつ、おきやを時々ひっくり返しつつ、のんびりとした時間を過ごせました。。。


こんな会社があるんですねぇ。企業というものは利益を重視するものですが、これからの時代はおそらくこのように人を大事にし、地域や環境も大事にするような会社が残っていくのではないかという気がします。

船井幸雄さんは人材は人財だということを言っていますが、働いているひとを大事にし、いいサービスを提供し、お客さんに真に喜ばれるようなことをしている会社が結局長続きするし、発展していくんだろうなと思います。

またこの会社は高齢者を積極的に活用している点ですばらしいなと思いました。私は高齢者を単に介護する対象、世話の焼ける存在として扱う事に疑問を感じてきました。

高齢者の方々も無理の無いペースで働ければ、経済的にも身体的にもちゃんと自立できるし、生きがいが出来るし、そうすると社会全体が生き生きとしてくるような気がするのです。



( さすが信州長野!こんな作業車が駐車してありました。写真をクリックすると機械部分拡大します)


マトリックスという映画で人間が機械のための電池として使われているシーンがありましたが、すべてのひとは有る意味電池のような存在だと思います。

発電量がすくなくなっても、それに応じた使い方をすればまだまだ使えると思うのです。

この電池の発想でいうと、いままでの老人は発電力のまったくない電池、あるいは多くの電池とは逆向きに繋がっていて全体の電圧を下げている電池というイメージになるのかもしれませんが、少ない電圧でも直列に繋げば大きな電力を生み出すと思うのです。




高齢者問題と経済と人の生きがいみたいなものを一体のものとして考えられないかなと前から思っていたのですが、このおやきを作っている会社は、これらをうまく統合したこれからの社会のあり方を提示しているような存在であるように感じるのです。

子供も、大人も、高齢者も皆が生き生きとしている社会ができたら素晴らしいなぁーと思うのです。




※今回は肝心のおやき村の写真は取りませんでした。着いたときにはへろへろ状態だったので、とりあえずおやき食わせてぇーって感じで写真を取る気力がありませんでした。他の写真はおやきを食べてパワーアップしたあとに村をぶらぶらしてとったものです。ご了承くださいませ。

(-_- )zzz

参考:
縄文おやき
http://www.ogawanosho.com/

NHK生活ほっとモーニング
http://www.nhk.or.jp/hot/2009/0312/index.html

小川村
http://www.vill.ogawa.nagano.jp/


2009年3月23日月曜日

がんに効く生活



NHK英会話のテキストの後ろの方をぱらぱらと見ていると、NHK出版から出されている本の紹介がありました。

あれ、こんなコーナーあったかいなぁと思いつつ読んでいたら、この本なかなか面白そうだったので、 さっそく図書館にリクエストしてみました。

写真をクリックすると↓、目次が表示されます。





がんに効く生活-克服した医師の自分でできる「統合医療」-』
[Anticancer A New Way of Life, 2007]
ダヴィド・S.シュレベール著 渡辺昌監訳 山本知子訳
日本放送出版協会 2009



図書館て有難いです。見てのとおり、出版年は今年。それも先月出たばかりなのに、もう神奈川県下の図書館に二冊入荷されており、私はそのうちの一冊をつい先日借りる事が出来ました。

これも普通に買ったら2000円以上するものですが、自分で所有しないでみんなで所有するようにすればお金はかからないし、本は家にたまっていかなくて済むし、といいことづくめです。

最近思うのは、この「所有」という概念です。

図書館の本を借りながら思うのは、自分が所有しているつもりになっているものも、実は借りているものなのではないのか、、とふと思うのです。

自分の本も、自分の自転車も、自分の服も、自分の体も、、、。

一時的に借りているもの、仮のもの、というのが大きな視点からすると正しいのかな、、、とふと思う事が有ります。

だから「自分のもの」と思っているものでも、そんなに執着する必要がないし、

一時的に借りているもの、仮のものだから、大切使わなければならないのか、とそんなふうに思うのです。


さて話が脱線してしまいましたが、この本も前に紹介したプラント博士の『乳がんと牛乳』と同じ系統の本のようです。

プラント博士は地球化学者でありましたが、この本の著者は精神科医です。

どちらもガンの専門家ではありませんが、自分の命が危険にさらされたことで、持前の科学的な思考をフル回転させ、がんとは何か、ガンにならないためにはどうしたらいいのかをつきつめています。

私はまだ「はじめに」と第四章しか読んでませんが、心にビンビン響いてきました。また内容は別の機会に改めて取り上げたいと思いますが、今回はアマゾンの情報を載せておきます。








出版社/著者からの内容紹介

31歳のとき脳腫瘍が発見された精神科医の著者。

自分の命の期限を知ってしまった著者は、「生きる」ことに望みをかける。摘出手術、化学療法を受けながら、がんのメカニズムを研究し、食事・心のケア・運動による「がん克服」メニューを導き出す。

自らその方法を実践した著者は、がん発見から15年、いまも現役医師として活躍している。


本書では、がんのメカニズムを解きながら、がんを育てない、たとえがんになっても成長させない、がん治療に効果的な体質にする生活術を具体的に紹介していく。

さらに、脳腫瘍により、著者の人生も人生観も大きく変っていった。そのエッセイも随所に盛り込まれている。

がんと闘っている人、治癒してもなかなか不安が消えない人、身近な人ががんと告知された人、そして健康を維持したい人への、がん体験記と克服法の両方を併せ持つ新しい「抗がん(anticancer)」本。


著者略歴
シュレベール,ダヴィド・S.
精神科医。ピッツバーグ医科大学院臨床精神医学教授、同大学の統合医療センターの共同創設者。フランスでは、仏EMDR協会を設立し会長を務めるかたわら、リヨン第1大学医学部講師として教鞭を執る。

1991年、国境なき医師団(1999年ノーベル平和賞受賞)の米国支部の発起人のひとりとして、イラクに赴く。

2002年には精神医学界で功績のあった人に贈られるペンシルバニア精神医学会大統領賞を受賞。現在、フランスで30万部を売り上げる心理学ジャーナル『プシコロジー(Psycologie)』誌に定期的に執筆するなど、米仏で活躍







参考:

アマゾン
『がんに効く生活-克服した医師の自分でできる「統合医療」-』


2009年3月22日日曜日

オンム・セティ~3000年前のエジプトにいた女性





三月のはじめの『世界ふしぎ発見』で、3000年前のエジプトでの記憶をもつ女性、



オンム・セティ




について放映されました。なんと彼女はその地で巫女をしており、当時のファラオであったセティ一世の寵愛を受けていたというのです。


あの吉村教授も会ったことがあるそうです。









そして、その
エジプト考古学庁長官のザヒ博士は次のように語っていました。




彼は現在、ツタンカーメンの義母であるネェフェルティティ王女の墓の発掘に全力を傾けていますが、なんとその墓の場所を教えたのがそのオンム・セティだというのです。

↓ネェフェルティティの胸像


オンム・セティはイギリス人ですが、彼女は小さい頃に階段から落ちて臨死体験をしたそうです。そしてそれ以降、


「私おうちに帰りたい」

といって泣いては両親を困らせていたそうです。そのおうちといのが、かつてエジプトで暮らしていたときに住んでいた神殿だったと彼女は後年回想しています。


また両親に大英博物館のエジプトの展示室に行った時には、ヒエログリフを見て、



と語ったそうです。

小学生になっても学校を休んでは、ここに通い詰め、当時のエジプト研究の第一人者であった博士の目にとまり、個人的にヒエログリフを学んだそうです。


その博士は彼女を奇跡の子と呼んでいたそうです。ヒエログリフの吸収力と、エジプト絵画の模写にかけては彼女の右に出る者はいなかったそうです。


彼女にしてみたら、そのようなことは昔の記憶を取り戻していただけなのでたいしたことではなかったそうです。


さらに驚くべきは、オンム・セティはこの世に生まれてから、3000年前のエジプトでの記憶を取り戻しただけでなく、かつて寵愛を受けたセティ一世の霊と会い、様々な情報を得ていたというのです。


彼女の親友で、『転生者オンム・セティと古代エジプトの謎 』の著者ハニー・エル・ゼイニ氏は次のように語っていました。






それもその筈、彼女はアビドスにかつて住んでいたのであり、また現世においても直接セティ一世とコンタクトをとり情報を得ていたからです。


番組内ではあまり紹介されませんでしたが、彼の書いた本の中では、この王さまとのやりとりの記述が生々しく描写されていました。


彼女はそうしたやりとりを日記として残し、親友のハニー・エル・ゼイニ氏に残していたそうですが、彼によると、まだ彼女の日記の全部をその著作の中で明かしたわけではないそうです。


オンム・セティが亡くなる直前に、イギリスのBBCとナショナル・ジオグラフィック紙が彼女をインタヴューしたそうですが、もっと早く世界が彼女に注目していれば、もっと色々と貴重な情報を聞けたのではないかと、少し残念な気がします。


私は前から、特に考古学のような分野では、彼女のようにインスピレーションを担当するスペシャリスト(世にいう霊能力者)と学者が協力して研究に当たれば、もっとすごい成果につながるのでないかと思っていました。


だいぶ前になりますが、かつてまだ宜保愛子さんが生きていたとき、彼女がやはりエジプトに行って、吉村教授とともに出演した番組が有りましたが、


彼女は


「この墓のこっちにはもうひとつ墓が有る筈です」


とかなり断定的に語っていましたが、吉村教授がそうなんですよと、驚きの表情で答えていたことを思い出します。


霊能者というとどうもアヤシイという感じはありますが、FBIの捜査に協力する能力者がいるように、考古学でもこのような特異な能力をもつひとをもっと積極的に活用したらいいのにな、と思います。


インスピレーションを担当するのは単に発掘のヒントを示唆するだけなので、もしそれが間違っていたとしても、ほとんど害は無い筈です。(本人が恥をかくぐらいでしょうか)


20世紀最大の霊能力者エドガー・ケイシーによると、エジプトには記録保管の部屋というのがあって、そこにはこれまでの人類の膨大な歴史がつまっているそうです。

かつて吉村教授はスフィンクスの右足の下に空洞が有る事を音波探知器によって発見していますが、ケイシーはそこに記録の間があるといっています。

そして実はオンム・セティもその記録の間についての記述を日記の中に残しているのです。

ネェフェルティティの墓はおそらく今年中に見つかるのではないかと思いますが、私としては早くその空洞の方を調査して、記録の間を見つけてほしいなぁと思うのです。。。。


しかし知らないところで、まだまだすごい人がいるもんですね。彼女について書かれたもう一冊の本『転生』の方はまだ読んでいないので、また読んで感じるところが有ったらこのブログに書こうと思っています。



おしまい。




参考:

世界ふしぎ発見
http://www.tbs.co.jp/f-hakken/mystery1091_1.html

ジョナサン・コット (著), 田中 真知 (翻訳)
『転生―古代エジプトから甦った女考古学者』
新潮社 2007

ハニー・エル・ゼイニ (著), キャサリン・ディーズ (著), 田中 真知 (翻訳)
『転生者オンム・セティと古代エジプトの謎―3000年前の記憶をもった考古学者がいた!』
学習研究社 2008




2009年3月21日土曜日

納豆キムチ:日本と韓国の最強の組み合わせ



納豆とキムチでございます!<(_ _)>



納豆69円、キムチ379円、、、

連日WBCにおいて日本と韓国との好ゲームが続いてます。日本の侍ジャパンも凄いチームですが、韓国チームも技術・精神面とバランスの取れた素晴らしいチームだなと思います。

この日本と韓国がそれぞれの発酵食品―納豆とキムチ―においてタッグを組むと最強の機能を発揮するようです。

それが

納豆キムチ

です。何がすごいのか、まずそれぞれの食品の特徴を見ていきたいと思います。




納豆骨の強化、骨粗鬆症・肥満・ガンの予防

納豆にはイソフラボンが多く含まれています。

女性ホルモンであるエストロゲンと構造が非常に似ており、特に更年期の女性は骨内からとけ出すカルシウムを抑え、骨粗鬆症やガンを予防します。

納豆菌がつくる酵素「ナットウキナーゼ」には血栓をとかす働きがあるため血液をサラサラにする効果があります。

またカルシウムの吸収性を高める働きもあるため、納豆に含まれるカルシウムだけでなく、食事でいっしょにとった食べ物のカルシウム分まで体内にとり入れようとします。

納豆には、ビタミンK2やビタミンB2、カルシウム、亜鉛などが含まれています。

ビタミンK2は、骨の形成に欠かせないカルシウムを骨にくっつける働きをする「骨タンパク質」を活性化させる役割を果たしています。

大豆に含まれているサポニンには、骨の代謝を促すだけでなく、肥満を抑制(防止)する効果があることが、最近になってわかってきました。

プラント博士もガン予防のため大豆を多く食べるよう勧めていましたね。確か訳者の医学博士も同じことを言ってました。




キムチ:血圧・コレステロールの減少、血行促進・肥満防止・免疫力の向上

硫黄化合物を多く含みます。硫黄化合物は、抗酸化作用や血圧の低下、コレステロールの減少などに高い効果を発揮する。


キムチに含まれる乳酸菌は、プランタルムという植物性の乳酸菌です。これはヨーグルトに含まれる酪農乳酸菌などと異なり、ほとんどが生きたまま腸に到達します。そして腸内の悪玉菌を抑制すると同時に、免疫力も高めます。


キムチのニオイのもとでもあるニンニクは、抗菌性の強い食材です。食中毒を予防し、カビ毒を防止する効果があります。最近では、胃潰瘍や胃ガンを引き起こすといわれるピロリ菌を抑制する作用があることもわかってきています。

また、疲労回復はもちろん、スタミナをつける効果もあります。ビタミンB1といっしょにとると効果がさらに高まると同時に、心筋梗塞や脳梗塞の原因になる血栓の予防にもなります。


カプサイシンには、体脂肪蓄積抑制効果とエネルギー代謝を促進する効果があります。血行を促進し、グリコーゲンを分解して糖代謝を促します。




納豆+キムチ:肥満防止・血液サラサラ・ガンの予防効果がさらにパワーアップ!!

「納豆キムチ」は、大豆のサポニンとキムチのカプサイシンの相乗効果で、肥満対策につながるのではないかと考えられています。

また納豆の抗酸化作用、血栓溶解作用が、キムチの同じ作用との相乗効果で飛躍的にアップ。

病気の多くは血のめぐりが原因で引き起こされます。実際、日本人の死亡原因で、血のめぐりが原因で起こる症状(心筋梗塞・脳梗塞・痴呆症など)を合計すると、ガンに匹敵するほどです。

キムチ納豆には、キムチのニンニクによって血栓ができにくくなり、さらに納豆のナットウキナーゼが血栓をとけやすくするという相乗効果がある 。

最近の研究で納豆菌を乳酸菌といっしょにとると、乳酸菌の増殖を助けることがわかっています。


キムチ納豆は、日本人の死亡原因のトップであるガンも予防します。大豆の抗酸化作用は納豆になることで4倍にもアップしますし、キムチの乳酸菌が腸をきれいにすることでガンを予防します。

男性に多い心筋梗塞などの血管系の病気、近年女性にとって深刻な悩みである骨粗鬆症と、キムチ納豆は性別を問わず効く食べ合わせといえます。






納豆キムチの作り方・食べ方

市販の納豆とキムチを同量混ぜ、一晩以上置くと乳酸菌がどんどん増えて良いそうです。

これをふつうにごはんと一緒に食べる他に、納豆キムチチャーハン納豆キムチパスタなどとしてもおいしくなるようです。




私は冒頭の写真に挙げた納豆とキムチを買いました。食品は環境にもやさしい有機の製品をなるべく買うようにしてます。

キムチはスーパーでいろいろ置いてあるのを、すべて成分表示の欄をチェックしました。するとこのキムチだけ、

むむ、ち、違う。。。こ、こやつ、できる!

と野武士のようにつぶやいてしまいました。

なんと他のキムチが添加物のオンパレードだったのに対して、このキムチ(名前もそのままこだわりキムチ)だけ無添加で材料に非常にこだわっているのです。

家に帰ってこの会社のHP(カナモト食品)をみると、やはりタダモノではない事がわかりました。

またHPによると、日経新聞(2008年12月13日)の日経プラス1楽食探訪というコーナーに、この会社が紹介されたということが書かれていたので、本日図書館に行ってその記事を見てきました。


写真をクリックすると、拡大します。



うーん素晴らしい。これからはキムチを買う場合は、これ以外は買いません。

野球やサッカーの試合もいいですが、この納豆キムチのように、日本と韓国が協力して何かひとつのことを成し遂げたら、とてつもなくいいものができるような気がします。これから日本と韓国の関係に期待です。


参考:
カナモト食品
http://www.amenities.co.jp/groups/kanamoto/index.php

料理研究家 牧田敬子 さんの紹介
http://www.makita-itsuko.com/oacniiri.html#RIDEL

キムチ納豆ダイエットhttp://diet.goo.ne.jp/member/way/eat/knk0047_top.html



2009年3月20日金曜日

ポアンカレ予想からフラクタル図形へ





まず一つ目私が感心したことは、素数を求めるためのエラトステネスの方法というのがあるということでした。

本文では、博士が教えてくれたが複雑だったために忘れてしまったとありましたが、実際調べてみるとごくふつうのやり方でした。


たとえば、100までの素数を見つけるためには、100までの数字を列挙して、

2の倍数、3の倍数と5の倍数と7の倍数と小さい素数の倍数から消去していくと、あとには100までの素数が虫食い状に残るという方法です。

これは100=10×10より、10までにある素数(2,3,5,7)でやれば十分です。なぜなら10より大きい約数をもっていたら、もう一方の約数は10より小さいからです。(たとえば20×5のように)

この方法はたとえば101が素数がどうかを調べるときに誰でもやっている方法です。

まず偶数ではないから2では割れない、1+0+1=2で3の倍数でない(3の倍数は各位の和が3の倍数になるという性質があります)、5でも、7でも11でも割り切れないから、これは素数であることが分かります。

この方法はエラトステネスの篩(フルイ)と呼ばれているそうです。知らなかったなぁ。


あと関心したのは、2以外の素数は 4n+1 と 4n-1 のどちらかに分類され、4n+1の方は必ず2つの自然数の二乗の和で示せるが、4n-1の方は決してそうならないということでした。

たとえば

61=4×15+1=5×5 + 6×6、


101=4×25+1=1×1+10×10


など。
ウィキペディアで素数の項目を見ていたら、100までの素数の覚え方というのがありました。なんか面白かったので参考までに挙げておきます。


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兄さん(2、3) 5時に(5) セブンイレブン(7、11) 父さん(13) いいなと(17) ついていく(19) 兄さん(23) 買った肉を(29) 裂いて(31) みんなで食べたら(37) 41円しか(41) 予算がない(43) しなった顔で(47) ごみ拾い(53) ゴクっとのんで(59) 六井さんが(61) むなしく(67) 泣いた(71) ナミが(73) 泣く泣く(79) 破産した(83) 白紙に戻した(89) 宮内庁(97)

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『博士の愛した数式』の中で、

eπi+ 1 = 0


という式がでてきて、ストーリーの展開のカギとなっているのですが、最後までこれについての説明はなされず、なんとなくすっきりしない感じがしました。

これはあるひとに言わせると、愛がいっぱいの公式(iがe、π)だそうですが、正式にはオイラーの公式といわれるものです。

これは数学ででてくる自然対数e(2.718,,,)と虚数iと円周率π、それに数字の基礎である1と0が組み合わされた、もっとも美しい式であるといわれます。

このもとは、


という式で、このθにπ(ラジアン)を代入したときに出てくる式なのです。この式は、指数と三角関数が虚数を介してつながるという画期的な式だそうです。

これは指数、三角関数をテイラー展開したときにでてくる式に関して、オイラーがつながることを発見したためにそう名付けられているそうです。

複素平面を勉強したひとはすぐにわかるのですが、右辺は複素数の極形式で、絶対値が1の複素数の円上の点であることがわかります。


すこし脱線になりますが、この複素数平面にでてくるのがかの有名なマンデルブロ集合で、フラクタル図形の代表格です。


これは、Y=X^2+γにおいて、γを色々な値に動かしてみた時に、X=0から始めた値が発散してしまわない点の集合なのですが、

専門的なことは置いておくとして、この図形の面白いところは、部分を拡大していくと、さらに内部構造があって、また全体と同じような図形がでてくるのです。





自然も部分の中に全体がある、たとえば一つの細胞の中に人間全体の設計図があり、葉脈の形と河川のかたちが似ていたりと、自然の中のものは実はフラクタル構造になっているのです。

数学も科学の性質のご多分にもれずやはり専門・分化していくものなのですが、このフラクタルの発見により、数学の他の分野の人たち、あるいは数学と他の専門の人たちがつながるという現象が起こってきたそうで、これは自然を手本にすることを説いたガウディのいう総合ともつながってくるように思います。

医学の方面ではこのフラクタルをガンの検診に役立てているそうです。ガンはフラクタル次数が高いので、細胞の中のフラクタル次数が高いものを色分けするとガンが発見しやすくなるそうです。


話がだいぶそれましたが、この『博士の愛した数式』の著者小川洋子さんの本を調べていたら、私の敬愛する河合隼雄さんとの対談本がありました。

小川洋子〔著〕 河合隼雄〔著〕
『生きるとは、自分の物語をつくること 』
新潮社 2008


書評を見てみると、なんと河合隼雄さんが倒れられる直前に実現した奇跡のような対談だったそうで、この本の中に、河合隼雄さん最晩年のことばがつまっているのだなぁと思いました。

他には『博士の愛した数式』を作る前にインタビューした数学者の藤原正彦さんとの対談本もでているようなので、こちらもぜひ読んでみようかなと思っています。

藤原正彦著 小川洋子著
『世にも美しい数学入門』
筑摩書房 2005



知の世界も自然界と同じで情報が有機的にリンクしているので、調べだしたら止まりませんね。

また新しい発見があったらここに書こうと思っています。


おしまい。


参考:
ここのマンデルブロ集合の動画もなかなかです↓
http://eyevio.jp/movie/232045

2009年3月19日木曜日

ポアンカレ予想から



先日NHKスペシャルで

100年の難問はなぜ解けたのか~天才数学者 失踪の謎~

という番組を放送していました。

これはアンコール放送だったため私は今回で2回目でしたが、見るたびに数学の奥深さ、はたまたある種の恐ろしさを感じました。

番組は100年来数学者を悩ませてきた『ポアンカレ予想』がどのようにして解かれるにいたったかを紹介したものでした。

ポアンカレ予想:充分に長いロープで宇宙を一周させた時に、その両端を引っ張ってたぐりよせたときに、そのロープをすべて回収できたら、宇宙はおおむね丸いといえるだろうか。

ポアンカレ予想はだいたいこんな感じでした。

最初解法にあたった人たちは、回収するロープがからまってしまうという問題にぶつかったそうです。しかしそこからひとつ大きく飛躍させたのはトポロジー幾何学でした。

トポロジー幾何学からは、あらゆる空間はすべて8つのパターンに分類されるのではないかという予想がたてられ、これを証明すれば、それがすなわち「ポアンカレ予想」を解法することにつながるということがわかったのです。

最終的にポアンカレ予想を解いたのは、ロシア人数学者グリゴリ・ペレリマンという人でした。

彼はその解法を、それまでポアンカレ予想に関わってきた数学者たちの前で説明しましたが、誰ひとりとしてそれが正しいのか理解できなかったといいます。

それもその筈、彼が用いたのはトポロジーではなく、時代遅れとされていた微積分を応用したものであり、彼が得意とした物理の概念を用い、空間を膨張させたり、収縮させたりしていたからです。彼の数学の才能は他の数学者も全く理解できないほどとび抜けていたようです。

この功績により彼は数学のノーベル賞といわれるフィールズ賞を受けることになるのですが、なぜか彼はそれを辞退し、世間との接触をもまったく絶ってしまったのです。

最後までその理由は謎のままでしたが、番組の最後において、彼が親しい友人に「最近新しいことに興味をもっているんだ」ともらしていたと語られていたことが唯一の希望でした。

しかし「その興味の対象が数学なのか、何なのかはわかりませんが、、、」と付け加えられていたところに、彼がポアンカレ予想の解法にあたってどれほど深く数学の世界を彷徨い、精神を疲弊させてしまっていたかが伺えました。


これとの関連で、人に勧められたこともあり、私は最近『博士の愛した数式』という小説を読みました。

私はだいたい月に10冊、年で120冊ぐらいのペースで本を読みますが、小説はマンガと同じで娯楽、フィクションだという思いがあってか、小説の類はおそらく一年で5冊も読まないと思います。

事実は小説より奇なりという言葉が有るとおり、私には先のドキュメンタリーがあまりにも重かったので、この小説もやはりどちらかというと軽く感じられてしまいました。

小説としてはそれなりによくまとまっていて、楽しめましたが、その中でいくつか数学の事項に関することで、へぇー、と思わされるところがありました。


つづく、、、


参考:

NHKスペシャル:
100年の難問はなぜ解けたのか~天才数学者 失踪の謎~
http://www.nhk.or.jp/special/onair/090309.html

小川洋子 『博士の愛した数式』 (新潮文庫) 新潮社 2005




2009年3月17日火曜日

デブリ回収屋






ちょうど一か月ほど前に、米露の衛星が衝突して、10センチ以上のデブリ(宇宙ゴミ)が500個ほど増えたという報道が有りました。

ついこの間は、デブリが宇宙ステーションに接近して、あわや衝突、宇宙飛行士たちが緊急脱出するという騒ぎがありました。



以前読んだ『プラネテス』というマンガでは、このデブリを専門に回収する職業につく主人公が描かれていましたが、


そのような職業がでてくるのも、もはや時間の問題かと思わせる出来事でした。


地球を周回する宇宙ゴミ↓



ヒンドゥー教においては、ブラフマンヴィシュヌシヴァの神様がいて、それぞれが創造維持破壊を担当することで世界が成り立っているとされていますが、

実際の社会においては、創造・維持には人々のエネルギーが注がれる一方、廃棄・ゴミの問題となると、人は敬遠しがちであるように思います。

しかし上に挙げた三つの機能がすべて順調に流れてはじめて社会は成り立っているのであって、ゴミの問題は、創造や維持と同じぐらいの関心をもって扱うべきだと思います。


そういう意味で、先日、諏訪の下水から(キン)がでてきて職員たちはホクホク顔だというニュースが有りましたが、

ゴミ処理にかかわる人たちには、これくらいのご褒美があってしかるべきだと思います。



人体も、食べる事、栄養の循環、その消費(運動)、排出(排便)がうまくいってはじめて健康が維持されるのであって、

社会においても、廃棄・ゴミにかかわる事にちゃんと関心をもってこそ健全な社会が保たれるのだと思います。


これからは、“ゴミ”と思ってきたものをいかに資源=宝に変えられるかが、国家あるいは人類存続のカギになってくるのではないかと思います。


そういう意味で、下水から金がとれたというのはどことなく昔話じみて滑稽さを感じますが、これからの社会の在り方を示すひとつの象徴的な出来事であったように思いました。



おしまい



プラネテス』(全四巻)なかなか面白いですよ。(DVD↓もオススメです)






参考:


朝日新聞:宇宙ステーションにデブリ接近
http://www.asahi.com/science/update/0313/TKY200903130040.html


日経:米露の衛星衝突
http://www.nikkeibp.co.jp/article/column/20090216/132209/


毎日:諏訪の下水から金が、、

http://mainichi.jp/area/nagano/news/20090311ddlk20040002000c.html

2009年3月16日月曜日

建築に思う≪最終回:ガウディの教育観≫



それでは教育において独創性を育むためにガウディはどのようなことに注意しなければならないと考えていたのでしょうか。「学び」とはどうあるべきだと考えていたのでしょうか。

ガウディはまず教育というものをふたつに分けて考えていたようです。『ガウディニスモ 』の著者である松倉保夫は、それを次のように解説しています。

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ガウディの教育に関することばには「教育」と「豊かな教育」とがあり、「教育」では設計教育に対する批判が、「豊かな教育」では彼の理想が述べられている。

このことばは、科学において、原理あるいは法則を見出すときは、多くの実験結果を見渡して、本質的な性質に注目し、その原理を発見するに至るのが本来の姿であることをいっているのである。

このように事実全体を見通して、その本質を考える訓練が設計教育において大切であるにもかかわらず、実際の教育では、既にえられた結果である原理をあらかじめ生徒に教えておき、その原理の適用方法のみを訓練しているだけである。

これでは新しい原理の発見につながる教育とはなり得ない。また芸術教育においても、数ある芸術作品の批判を通して、何を学ぶべきであるかの議論が大切であるにもかかわらず、このような全体を見通す訓練は何もしないで、教師は一方的に手本を与えて教育しているとガウディは述べているのである。(p.92)

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ガウディは「原理の発見」を学びとるべきであるとしているのに対し、従来の設計教育は「既にえられた結果」とその「適用方法」の伝授ばかりをおこなっていると批判しています。

これを踏まえて、ガウディの教育に対する言葉をみてみます。

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教育
教育の評価は無条件に訓練によっている。教授たちの判断の基準は、生徒たちの訓練が良くなされているか、いなかによるのであって、生徒の能力にはよらない。(p.92)

豊かな教育
教育においては、すべて〔分析と総合〕について誠意を払わなければならない。それが学問の条件である。これは教授と学生との間に親密さをもたらすだろう。(p.92)

学校の教育において、分析のみに力を注ぎすぎることは、卒業生の目から見るとつまらないものにしているにすぎない。すなわち、これでは何も教えない方が学生にとって役立つと思われるからである。(p.91)

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ガウディの述べている教育に対する批判は、どうやら現代の日本にもそのまま当てはまりそうな気がします。

私は前から「学力」というものを二つに分けて考えるべきだと考えています。ひとつはテストの点数として測れる知識の量、学習の到達度であり、もうひとつは学ぶ意欲、やる気、好奇心です。

出来上がった結果を覚えさせることに重きを置く日本の教育においては、前者の「学力」の出来不出来を議論しますが、この「学力」を上げるために、後者の学力=学生のやる気をそいでしまったら、まったく本末転倒になってしまうなと思います。

学力の国際比較などで点数が世界で何位などと言うのは、あまり気にしなくていいのではないかと思うのです。

そんな一時的な点数を上げるため(大人のエゴを満足させるため?)に子供に知識を詰め込もうとするのではなく、未来を見据えてもっと長期的に子供のやる気、好奇心を育むようにもっていくべきだと思います。

アメリカやイギリスなどのノーベル賞学者を多数輩出している国々が、意外と小中学の学力国際比較で低い位置にいるのは、おそらくそんなところで知識の量ばかり増やしてもあまり意味がない事を知っているからではないかと思います。

このような国は、点数が低くても理科や算数が大好きと言う生徒の割合が多いのに対して、日本の学生は点数はいいのに、理科や算数が嫌いと言う人が多いのは悲しいことです。

willという言葉は未来を表すときに使われますが、willというのはまた「意志」という意味も有ります。点数で測れる学力だけでなく、未来を見据えてwill=意志・意欲を育む教育というものを今後考えていく必要が有ると思います。

そのときに、以上に挙げてきたガウディの言葉 -分析とその知識の押し付けだけでなく、知識の本質を探究し、考え、総合し、味わうこと―も参考になるのではないかと思います。

でも、人にいい教育をしてもらおうとするよりは、一人ひとりがガウディのように、自分の興味の持っている事を自ら育み、自ら学んでいこうとする姿勢が大事なのかな、、、とそんな気がするのです。


おしまい


参考:松倉保夫
『ガウディニスモ ガウディのことば・形・世界』九州大学出版 1984


2009年3月15日日曜日

建築に思う≪その参:ガウディのことば(続)≫

↑カサ・バトリョ(ガウディ52歳のときの作品)


ガウディは「総合」ということの大切さを説き、分析だけで終わってはいけないといいます。

これは、『乳がんと牛乳』を取り上げたブログ内でも書きましたが、現代社会が拠り所とする科学に対する批判としても読み取れます。

繰り返しになりますが、科学(science)はその語源がラテン語のスキーレ(scīre:切る・知る)に由来するとおり、「分科(化)」の学問です。



しかしこのような科学的な分析、すなわち「切る」ことだけでは、ガウディの作品のような‘生き生きしたもの’は生まれてこないようです。

カサ・バトリョ屋上1

カサ・バトリョ屋上2


彼は科学に対して「知性」というものを対立させて次のように述べています。


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知性は科学よりまさっている。この知性ということばは“Sapere”に由来しており、味わい楽しむことをあらわすもので、問題はこの味わうということである。

知性は総合であり、科学は分析である。ある1つの分析の集合はまだ知性ではない。それはまったく単なる分析の集合にすぎない。それゆえ完全なものとは言い得ない。

知性は富であるが、科学は富ではない。科学はにせ金を流通させないために役立つ。(p.91)

(Sapere ラテン語。味わう、賢明である。洞察眼がある。)


知性は科学にまさっている。知性には完全な生命をもった総合があるからである。これに対して科学は死であり分析である。 今まで解剖は常に死体に対して実習された。

知性は富であり財産である。科学は分析された事柄の確かさをわれわれに教え、金貨に対して、にせ金が混ざらないようにするために必要である。(p.91)

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グエル邸(ガウディ35歳のときの作品)


グエル邸屋上


このようにガウディは「分析」に対して「総合」、「科学」に対して「知性」の重要さを繰り返し述べていますが、それでは「総合」とはいかにして生まれてくるのでしょうか。彼は次のように述べています。

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偉大なる書物は常に万人に開放されており、努力を重ねて読むにふさわしいもので、 それは大自然の書物である。(p.62)

自然法則と、自然適用の観察は神性が形となって現われたものである。発明はこれらの模倣である。このことからも、発明が自然の法則と調和していないときはその実現の可能性はない。(p.62)

創造性は〔大自然の法則すなわち〕原点(Origen)にもどることである。(p.59)

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彼は常に「自然を手本にすべきである」、ということを強調しています。それによって彼の言う「総合」が達成され、あのような多数の独創的な建築群が生まれてきたのです。

ここでガウディの建築に対する思想をまとめると、次のようなものになります。

①「分析」とともに「総合」を行うこと、
② そのために常に自然を手本にすること、
③科学的な分析だけでなく 味わい楽しむとこと(知性)

である。
彼のこのような思想は地中海に面したスペインという地の利もあったようで、彼は次のように述べています。

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われわれ〔地中海人〕の力である造形の優越性は、感情と理論のつり合いが取れているところにある。

北方人種は、強迫観念にとらわれ、感情を押し殺してしまうし、南方人種は、色彩の過剰に幻惑され、合理性を怠り、怪物を造る。(p.85)

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このように、理論と感情のほどよいバランスによって、ガウディ独自の美しい建築が生み出されたようです。

これは、機能とデザインのバランスとも読み取れると思います。建築はこの二つがともに生きていなければならないと思います。


つづく、、

参考:松倉保夫
『ガウディニスモ ガウディのことば・形・世界』九州大学出版 1984

ガウディの建築の画像はま、検索して拝借させて頂きました。

m(_ _)m 有難うこざいます。